Tanebi
Guide / AI時代の発案ガイド

MVP仕様書で決めるのは、作らないもの。

仕様書の目的は「書くこと」ではなく「決めること」。
AIが出力した仕様書から削られた16機能を分類したら、6つの型に収まった。

01 / 目的

仕様書の目的は「書くこと」ではなく「決めること」

個人開発で仕様書を書くと聞くと、「1人なのに書類仕事?」と感じるかもしれない。だが仕様書の価値は丁寧さではなく、決定の量にある。

「タスク管理ツールを作って」とだけ伝えると、決まっていない部分は推測で埋められる。タスクに期限はあるのか、担当者は付くのか、完了したものは消えるのか。どれも決めていないので、その場の自然な解釈で実装される。問題はその推測が毎回変わることだ。修正を頼むたびに前回とは違う前提で書かれ、機能は増えているのに全体の筋が通らないコードが積み上がる。

決定が渡されていない
要望 → AIが推測で補完
修正 → 別の推測で補完
修正 → また別の推測
前提がズレ続け、筋が通らなくなる
決定が渡されている
仕様書 → 推測の余地が小さい
修正 → 同じ前提の上で修正
修正 → 同じ前提のまま
全体の一貫性が保たれる

つまり仕様書は未来の自分とAIに対する申し送りだ。そして申し送りで一番効くのは、作るものより作らないもののほうである。

02 / 一次観測

削られた16機能を分類したら6つの型に収まった

種火の 📋 AI MVP仕様書ジェネレーター は、アイデアの概要から仕様書一式を書き下ろすツールだ。そこで実際に生成された仕様書から、「WON'T」と「削るべき機能と理由」に挙がった全16項目を取り出して分類してみた。

仕様書MUSTSHOULDWON'T
レシピ栄養計算ツール545
営業支援ツール545

まず目を引くのは WON'T が MUST と同数であること。ジャンルも規模も違う2本が、どちらも「作る5個・作らない5個」で揃っていた。作らないものを、作るものと同じ密度で決めるのが実務的な水準ということだ。

そして削除理由まで含めた16項目を分類すると、こうなった。

精度が要る機能 3 / 16
音声認識 / 自動最適化AI / 高度な自然言語処理
外部システム連携 3 / 16
他システムのDB統合 / メール送受信 / 外部APIでのデータ更新
別プラットフォーム・配布形態 3 / 16
ネイティブアプリ×2 / 専用インストーラー
リアルタイム・同時編集 2 / 16
複数人の同時編集 / リアルタイム通知
権限とマルチテナント 2 / 16
高度な権限・監査ログ / 複数組織管理
対象を広げる機能 2 / 16
多言語対応 / 高度なレポート
人手が要る機能 1 / 16
専門家による個別コンサル
共通するのは「実装量に対して初期のユーザー価値が小さい」こと

※ 分析対象は種火が公開している仕様書アーカイブの実データ(全文はこちら)。n は小さいが、削除理由まで含めて読めるので型の抽出には使える。

03 / 型

削られやすい機能の6つの型

自分の案でスコープを切るとき、この6つに当てはまるものから疑うと速い。

1. 精度が要る機能

音声認識・自動最適化・高度な文章解析。「80%の精度で足りるか」を問う。足りるなら正規表現や簡易ルールで代替し、残りは手動修正に回す。

削る根拠: 精度を上げる作業は青天井で、しかもユーザーは精度が上がったこと自体には気づかない

2. 外部システム連携

他サービスとのデータ統合、メール送受信、外部APIでの自動更新。実装より申請・認証・エラー処理に時間を取られる

削る根拠: 連携先の仕様変更で壊れ続けるので、初期の保守コストが跳ね上がる

3. 別プラットフォーム・配布形態

ネイティブアプリ、専用インストーラー。Web / PWA / Docker で代替できないかを先に確認する。

削る根拠: 対応プラットフォームを1つ増やすと、実装だけでなく検証と保守も倍になる

4. リアルタイム・同時編集

複数人の同時編集、即時通知。定期ポーリングで足りないかを問う。

削る根拠: 動くところまでは速いが、競合状態と再接続の扱いはデバッグが重い

5. 権限とマルチテナント

細かい権限設計、監査ログ、複数組織対応。初期は「全員が信頼できる1チーム」を前提にする。

削る根拠: データ分離と課金ロジックが絡み、後から入れるより最初から入れないほうが安い

6. 対象を広げる機能

多言語対応、多機能なレポート画面。対象を広げる前に、1つの対象で成立させる

削る根拠: 広げるほど、どのユーザーにとっても最短経路が長くなる

7つ目として「人手が要る機能」もあった(専門家による個別対応など)。件数は1件だが、個人開発では最も危ない型だ。自分の時間が上限になるので、ユーザーが増えるほど回らなくなる。

04 / WON'T

WON'T の書き方 — 理由なしの削除は必ず蒸し返される

実データで見て印象的だったのは、削除項目16件すべてに理由が併記されていたことだ。これは形式的な丁寧さではなく、実用上の必然だと思う。

WEAK
- モバイルアプリは作らない
STRONG
- モバイルアプリは作らない: Web版で十分動作し、開発工数が2倍以上になるため。PWA で対応
理由が無いと、2週間後の自分が「やっぱり要るのでは」と考え直して実装してしまう。
理由があれば、前提が変わったときだけ再検討できる。

書き方の型

実データの理由文はほぼ次の3パターンに収まっていた。どれかに当てはめて書けばいい。

  • コスト型 — 「工数が2倍以上になるため」「実装コスト > 初期需要」。数量で言えると強い
  • 代替型 — 「Web版で十分」「Docker Compose で十分」「静的CSVで運用可能」。代替手段まで書くのがポイント
  • 時期型 — 「拡大後」「後発」「多言語化時に段階的に」。捨てるのではなく順番の話だと明示する

目安は MUST と同数。 MUST が5個なら WON'T も5個書く。書き出しにくければ、上の6つの型を順に当てていけば埋まる。

05 / 構成

書くべき9項目と、それぞれが防ぐ失敗

項目は「あると丁寧だから」ではなく「これを書かないとこう失敗するから」で選ぶ。

項目書かないと起きること
サービス概要1段落で言えないまま進み、以降の判断がすべてブレる
MUST / SHOULD / WON'T機能が際限なく膨らむ。WON'T が最重要
削る機能と理由2週間後の自分が蒸し返して実装する
画面一覧と遷移スコープ過大に気づけない(画面数は規模の代理指標)
データモデル後から変えると全部に波及する。唯一「先に固める」項目
APIエンドポイント画面とデータの辻褄が合っているかの検算ができない
技術スタック使うホスティングで動かないコードが出てくる
想定コスト月額が想定を超え、それだけの理由で畳むことになる
実装ステップまとめて実装され、仕様から逸れても気づけない

データモデルだけは扱いが違う。 他の項目は作りながら調整できるが、データモデルの変更は画面もAPIも巻き込むので、変更コストの桁が違う。ここだけは着手前に確定させる。

07 / 渡し方

仕様書の渡し方

全文を先に渡してから、実装ステップ単位で進める。「ステップ1だけやって」と区切り、動作を確認してから次に行く。まとめて全部を頼むと、途中で仕様から逸れても気づけない。

途中で仕様を変えたくなったら、会話で伝えるのではなく仕様書のほうを直す。会話で足した要件は次のセッションで消えるが、仕様書に書けば残る。

なお、この9項目を埋めた Markdown 仕様書は自動生成できる。実装ステップはチェックボックス付きで出るので、そのまま進捗管理に使える。ただし出力された WON'T が自分の判断と合っているかだけは、必ず自分で確認すること。スコープは最後まで人間の判断だ。

📋 AI MVP仕様書ジェネレーターで作る
関連ガイド

続けて読む

FAQ / よくある質問

よくある質問

Q. 個人開発でもMVP仕様書は必要?
実装が速くなったからこそ必要。目的は文書を作ることではなく、決めていない部分を無くすこと。決まっていない部分はAIが推測で埋め、その推測は毎回変わる。
Q. 何を書けばいい?
概要 / MUST・SHOULD・WON'T / 削る機能と理由 / 画面一覧と遷移 / データモデル / APIエンドポイント / 技術スタック / 想定コスト / 実装ステップ の9項目。
Q. WON'T はどれくらい書く?
MUSTと同じ数が目安。実データの仕様書2本はどちらも MUST 5 に対して WON'T 5 だった。
Q. どんな機能が削られやすい?
精度が要る機能3 / 外部システム連携3 / 別プラットフォーム3 / リアルタイム2 / 権限・マルチテナント2 / 対象を広げる機能2 / 人手が要る機能1。共通点は実装量に対して初期のユーザー価値が小さいこと。
Q. 削る理由まで書く必要は?
ある。理由が無い削除は後から自分で蒸し返す。実データでも16件すべてに理由が併記されていた。コスト型 / 代替型 / 時期型のどれかで書く。
Q. データモデルはあとから変えれば?
これだけは先に固める。画面もAPIも依存するので変更が全体に波及し、変更コストの桁が違う。
Q. どう渡す?
全文を先に渡し、実装ステップ単位で区切って進める。仕様変更は会話ではなく仕様書のほうを直す。
Q. 書くのが面倒。自動化できる?
できる。アイデア概要から9項目を埋めたMarkdownが生成される。ただし WON'T が自分の判断と合っているかは必ず自分で確認する。

SUMMARY

主題
個人開発の Webサービス で MVP 仕様書に何を書き、何を書かないか。とくにスコープの切り方(WON'T の作り方)
仕様書の目的
文書を作ることではなく決定の量を増やすこと。決まっていない部分は AI が推測で埋め、その推測は毎回変わるため、修正を重ねるほど全体の筋が通らなくなる
一次観測(2026-08-03時点)
種火の AI MVP仕様書ジェネレーターが生成した実際の仕様書 2 本から「WON'T」と「削るべき機能と理由」の全 16 項目を抽出して分類。① ジャンルも規模も違う 2 本がどちらも MUST 5 / SHOULD 4 / WON'T 5 で、WON'T が MUST と同数だった ② 削除項目 16 件すべてに理由が併記されていた
削られやすい機能の型(16件の内訳)
精度が要る機能 3(音声認識 / 自動最適化AI / 高度な自然言語処理) / 外部システム連携 3(他システムDB統合 / メール送受信 / 外部APIでのデータ更新) / 別プラットフォーム・配布形態 3(ネイティブアプリ×2 / 専用インストーラー) / リアルタイム・同時編集 2 / 権限とマルチテナント 2 / 対象を広げる機能 2(多言語 / 高度なレポート) / 人手が要る機能 1。共通点は実装量に対して初期のユーザー価値が小さいこと
WON'T の書き方
目安は MUST と同数。理由は コスト型(工数が2倍になる)/ 代替型(Web版で十分・Docker で十分。代替手段まで書く)/ 時期型(拡大後・後発。捨てるのではなく順番の話だと明示)のいずれかで書く。理由の無い削除は後から自分で蒸し返して実装してしまう
書くべき9項目
サービス概要 / MUST・SHOULD・WON'T / 削る機能と理由 / 画面一覧と遷移 / データモデル / 主要APIエンドポイント / 技術スタック / 外部サービスの想定コスト / 1〜2時間粒度の実装ステップ。各項目は「書かないと起きる失敗」に対応する
データモデルの特別扱い
他の項目は作りながら調整できるが、データモデルは画面も API も巻き込むため変更コストの桁が違う。唯一「着手前に確定させる」項目
書かなくていいもの
詳細なユースケース記述 / 非機能要件の網羅(想定コストだけでよい)/ 詳細なテスト計画 / スケジュール・工数見積もり(実装ステップが代わりになる)/ 体制図。仕様書に書く価値があるのは「後から変えるのが高くつく決定」だけで、それはスコープとデータモデル
渡し方
全文を先に渡し、実装ステップ単位で区切って進める。1ステップごとに動作確認する。仕様変更は会話で伝えず仕様書のほうを直す(会話で足した要件は次のセッションで消える)
対象読者
個人開発者・一人法人。スコープは Webサービス に限定、ネイティブアプリ・ハードウェアは対象外
関連ガイド
発案から実装までの全体フロー: https://idea.lb-product.com/guide/claude-code / 失敗パターンの分類: https://idea.lb-product.com/guide/why-fail / 発案段階: https://idea.lb-product.com/guide/no-idea / 差別化と参入障壁: https://idea.lb-product.com/guide/moat

決めていない部分は、必ずあとで高くつく。

📋 仕様書をAIに書かせる